過敏性腸症候群(IBS)とは
過敏性腸症候群は患者数も多く、身近なのに知られていないことや誤解されていることも多い病気です。
過敏性腸症候群というとストレスに過敏な人がなる病気と思うかもしれませんが、メンタルやストレスだけが原因というわけではありません。もちろんストレスに反応して腸が動き、大腸の動きが早くなって下痢、遅くなって便秘になる患者さんもいらっしゃいますが、腸の形が問題となる場合や消化吸収能力が高くない体質で、消化吸収が苦手な食材がある場合もあります。
またIBSの原因には体質が大きくかかわっています。そのため、体質が決定する8歳から10歳の思春期以降に発症することが多く、IBSのために休学や退学に追い込まれる人も少なくありません。思春期の頃に発症したまま成人になっても悩まされている人も多い疾患です。
過敏性腸症候群の診断基準
・繰り返す腹痛が
・最近3ヶ月のなかで、平均して1週間につき少なくとも1日以上ある
・下記の2項目以上の特徴を示す
1)排便に関連する
2)排便頻度の変化に関連する
3)便形状(外観)の変化に関連する
IBSの診断基準をまとめると「排便の変化に伴う反復する腹痛」です。重要なのは、症状は「腹痛」とその「頻度」で、排便の変化が腹痛のきっかけになるものがIBSです。
過敏性腸症候群の病型
IBSの病気の型は便の形状の頻度で下痢型、便秘型、混合型、分類不能型が決まります。
下痢型.ゆるい便を主体とし腹痛がある
便秘型.かたい便を主体とした腹痛がある
混合型.ゆるい便とかたい便を繰り返し、腹痛がある
分類不能型.便形状が正常だったり分類不可能だったりするもので、腹痛がある
腸の動き
便秘と下痢には大腸運動と水分が関係
食べたものは小腸で栄養が消化吸収され、大腸でさらに栄養や水分などが吸収されて、便となります。小腸や大腸の運動は、食事や自律神経による調整、脳腸相関による影響など複数の要因で調整されています。
脳と腸は連携して動きます。起床時に頭が動きはじめると腸も動き出すので、起床後、朝食を取る前に排便がある人もいます。
便秘と下痢には、大腸の動きと便に残る水分量が関係しています。大腸の動きが遅いと水分が吸収されて便がかたくなって便秘に、早くなると水分の吸収が不十分で下痢に傾きます。
腸の形や構造は個人差が大きく、IBSには腸の形が原因となることも
教科書には四角い形の腸が描かれていますが、日本人には四角い腸をもっている人は2割ほどしかいません。ねじれたり、まがりくねっていたり、腸の形や構造は個人差が大きいです。
IBSの人の多くが腸の形の問題、「ねじれ腸」や本来背中に固定されるはずの大腸が立ち上がると全部骨盤内に落ち込んでしまう「落下腸」をしています。
便が大腸のねじれや落ち込んだところに詰まると便秘になり、大腸が強く動いて便を出そうとすると腹痛を起こします。さらに出にくいとかたい便を下痢で流し出す「逆説的下痢」が起きます。
過敏性腸症候群の治療の進め方
ストレス型の治療の進め方
ストレス型のIBSの人たちは日常生活で経験するストレスより少し強いストレスで腸が動き、腹痛と下痢、まれに便秘に伴う腹痛を引き起こします。
薬物療法
下痢型:ラモセトロン
ストレス関連の下痢型に効果があり、便秘型には効果がない。
便秘型:リナクロチド
腸管で水分分泌を促して便をやわらかくさせ、痛みなどの内臓知覚過敏を改善させる。下痢型には使えない。必要量の個人差がとても大きい。
その他
抗不安薬や抗うつ薬も効果がある。認知療法などと並行して治療の主体となる。
ストレス型のIBSの人たちは治そうと真剣になると、治るどころか悪くなる皮肉な状態となってしまうケースもあります。自分の体質を理解し、考えすぎず、流すように、受け入れることが大切です。
ねじれ腸や落下腸など腸管形態型の治療の進め方
腸管形態型のIBSは便秘、もしくは便秘で下痢を引き起こす状態なので、便秘の治療を進めます。
便秘型には運動や腹部マッサージが有効であることが報告されています。運動はリラックス効果からストレス型にも有効ですが、とくに腸管形態型に効果的です。運動していれば腸がゆらされるので、便が引っかかりにくくなるのがメカニズムだと考えられます。
薬物療法
腸から水分を出し痛みを軽減する薬:リナクロチド
小腸のみならず大腸からも水分を分泌させて便を出しやすくするとともに、腸管の知覚過敏を改善して痛みを軽減する。
便を軟らかくして出しやすくする薬
酸化マグネシウムやラクツロース、ポリエチレングリコール製剤、ポリカルボフィルカルシウムが使われる。
その他
ウォーキングは行っている人が多い運動のひとつです。ただ、心肺機能維持にはよいとしても、体幹をひねることが少ないため、便通にはほとんど効果がないようです。ポピュラーなものとしてラジオ体操があります。ひねりやストレッチが入ったラジオ体操はIBSには適切な運動です。
よいお腹の状態をキープするために
IBSになったら、まずは生活習慣を見直しましょう。
自律神経が腸を動かしています
大腸をはじめ身体機能は、自律神経に支配されています。内臓や血管、心臓などは、自分で動かそうと思わなくても自律神経が支配しているのです。その自律神経のはたらきを整えるのが、規則正しい生活習慣です。
起床すると大腸が動き出し、朝ごはんを食べると体内下剤の胆汁酸の作用もあって、排便の準備がされます。この時、しっかり排便しておけば、途中でストレスがあっても下痢が起きるリスクは減ります。
鍼による刺激で自律神経を調節
鍼治療は、ツボに細い鍼で刺激を与えて、身体の異常を治療する方法です。鍼の刺激が身体に効く理由のひとつは、自律神経を調整する作用があるからです。
鍼治療には補瀉という方法がありますが、「補」は身体に不足しているものを補うこと、「瀉」は身体から余分なものを出すことを意味しています。
鍼を皮膚や筋肉に刺すときに、患者が息を吐く時(呼気)に合わせて刺すのは「補」、吸う時(吸気)に合わせて刺すのは「瀉」の治療とされています。呼気では副交感神経が優位に、吸気では交感神経が優位になるため、呼吸に合わせて鍼を刺すことで、自律神経調節をより効果的に行うことが可能です。
鍼を刺す深さ
また、皮膚に鍼を浅く刺す(浅鍼)のは「補」の治療、深く刺す(深鍼)のは「瀉」の治療とされています。浅鍼は交感神経を抑制して副交感神経の働きをよくし、深鍼は交感神経を促進して、副交感神経の働きを抑えることがわかっています。このように鍼灸治療では、自律神経をコントロールして、関連する内臓機能や身体の異常を改善していきます。
最後に
IBSの患者さんにとって自律神経の調節や運動はとても効果的です。腸管形態型では運動が特効薬ですが、ストレス型など、他のタイプのIBSでも有効です。またストレス型で不安と症状の悪循環に陥っている患者さんには鍼灸による自律神経調節が非常によい効果をもたらします。
IBSは体質です。体質とつきあうため、そして健康な心身を保つためにも運動と自律神経のバランスを整えましょう。